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カルロ・ジェズアルド

死没 1613年09月08日

イタリア

イタリア貴族ならびに聖職者の一族に生まれる。ミラノ大司教で聖人カルロ・ボッロメーオ(イエズス会会士)は叔父。母ジローラマGirolamaはローマ教皇ピウス4世の姪で、カルロ・ボロメオもピウス4世の甥だった。 ジェズアルドの幼少期についてはほとんど分かっていない。おそらく彼はヴェノーザに生まれた。生年については、1560年、1561年、1566年の3つの説があったが、近年に発見された母ジローラマの手紙から、1566年説が有力との見方が強まっている。 ジェズアルドはポンポニオ・ネンナと音楽的につながりがあったが、師弟関係にあったのか、それとも仲間同士の付き合いだったのかは定かでない。いずれにせよ早いうちからひたむきに音楽に打ち込んでおり、それ以外にはほとんど関心を示さなかった。

この作曲家の曲を演奏するコンサート

イタリアバロック音楽の変遷 Vol.45

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2026年02月22日 () 14:00

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メアッリ:ソナタ第5番「ラ・クレメンテ」、ストラデッラ:シンフォニア第3番、ジェズアルド:君主のフランス風カンツォンを太田光子(リコーダー)&平井み帆(チェンバロ)で。

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リコーダー: 太田光子 / チェンバロ: 平井み帆

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パンドルフィ・メアッリ: ソナタ第5番「ラ・クレメンテ」 / ストラデッラ: シンフォニア第3番 / ジェズアルド 君主のフランス風カンツォン

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