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作曲家一覧
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谷川賢作
1960年1月29日
日本
東京都出身の作曲家・ピアニストである。 祖父は哲学者で法政大学総長の谷川徹三、父は詩人の谷川俊太郎、母は元新劇女優の大久保知子。娘はスタイリストの谷川夢佳。 玉川学園高等部卒業後、作曲家佐藤允彦に師事し、1986年に映画『鹿鳴館』で作曲家デビューした。 1996年に父、谷川俊太郎の現代詩を歌うグループ「DiVa」を結成。父とともに全国各地で音楽と朗読のコンサートを行っている。 ピアノソロの活動(ピアノソロシリーズ)。 ジャズをベースにポップス、童謡・ラテンまでジャンルにとらわれず、古今東西の曲を演奏するバンドパリャーソ。パリャーソとはポルトガル語でピエロ、道化師の意味。2001年12月の結成以来、全国各地でのライブ、コンサートはすでに200本以上を数える。続木力(ハーモニカ)、谷川賢作(ピアノ)。 1986年の「鹿鳴館」以降、「かあちゃん」を除くすべての市川崑監督映画の音楽を手がけた。
ツェーザリ・キュイ
1835年1月18日 - 1918年3月26日
ロシア
ツェーザリ・アントーノヴィチ・キュイ(ロシア語: Це́зарь Анто́нович Кюи́ Ru-Tsezar-Antonovich-Kyui.ogg 発音, 1835年1月18日 ヴィリニュス - 1918年3月26日)は、ロシアの作曲家、音楽評論家・軍人で、ロシア五人組の一人である。作曲者自身の用いたフランス語表記に従って、セザール・キュイ(César Cui)と呼ばれることが多い(リトアニア語では「ツェーザリウス=ベニヤミヌス・キュイ(Cesarius-Benjaminus Cui」となる )。10曲のオペラを残したほか、ピアノ曲『25の前奏曲』など素朴な作品もある。五人組の中では長寿に恵まれ、厖大な作品数を残した。 実践的な軍事教練の専門家として著名でありながら、余技で精力的に作曲活動を続けた。同時に、辛辣で攻撃的な音楽評論家としても活躍した。このためロシア楽壇内で人望がなかったが、没年まで作曲を続けた。ロシア国内においても全集編纂の話はなく、出版された全作品がLyle Neffの手によって回収できたのは、20世紀末に入ってからである。
モーリス・ジャール
1924年9月13日 - 2009年3月29日
フランス
フランス・リヨン出身の作曲家。デヴィッド・リーン監督の映画『アラビアのロレンス』『ドクトル・ジバゴ』『インドへの道』をはじめ、数多くの映画音楽を作曲した。アカデミー賞には9回ノミネートされ、3回受賞している。初期のジャールの映画音楽は、映画作家ジョルジュ・フランジュとのコラボレーションで知られる。後にピーター・ウィアーの作品にほとんど携わった。息子のジャン・ミッシェル・ジャールはシンセサイザー奏者である。2005年のヨーロッパ映画賞で、音楽家として初となる世界的貢献賞を授与された。
稲本響
1977年9月10日
日本
本人仕様の特注ピアノ「Steinway & Sons(New York)」を全国の各コンサート会場やレコーディングスタジオに毎回持ち運ぶという、世界でも稀なスタイルを持つ。ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のトップメンバーとも共演。 映画・ドラマ・舞台・CM等の作曲・音楽監督も務め、その作品は国内外において数々の賞を受賞している。 2023年NHK大河ドラマ「どうする家康」の音楽を担当。
ディエゴ・オルティス
スペイン
ディエゴ・オルティスは、スペイン・ルネサンス音楽の作曲家・音楽理論家。当時スペイン領だったイタリア南部で活躍した。 生涯についてはごくわずかな情報しか残されていない。1553年にはナポリ副王領に住み、その後1558年にアルバ公フェルナンド・アルバレス・デ・トレドによってナポリ宮廷の聖歌隊長に任命されている。
ポール・クレストン
1906年10月10日 - 1985年8月24日
アメリカ
アメリカ合衆国の作曲家・オルガニスト。 15歳で学校を中退後、オルガニストをしながら独学で作曲を学ぶ。その後、ヘンリー・カウエルに認められて《ピアノのための5つのダンス》作品1でデビューを果たした。 1938年にグッゲンハイム奨学金を受けることになり、1940年の《交響曲第一番》がニューヨーク批評家協会賞及びパリ・レファレンダム国際作曲コンクールで第1位(1952年)を受賞したことから国際的に高く評価されるようになった。作風としてはかなり保守的な傾向が見られ、様式においては調的で、リズムの要素が強い。
ジュゼッペ・サンマルティーニ
1695年1月6日
イタリア
イタリアの作曲家、オーボエ奏者。 ミラノに生まれる。男4人・女4人の8人兄弟の次男だったが、弟のジョヴァンニ・バッティスタ・サンマルティーニがミラノで活躍したのに対し、ジュゼッペは1728年にロンドンに渡り、そこでオーボエの名手として有名になった。1736年に王太子フレデリック・ルイスに仕え、没するまでその夫人オーガスタ・オブ・サクス=ゴータおよび子供たちの音楽教師をつとめた。
ロディオン・シチェドリン
1932年12月16日
ロシア
ロディオン・コンスタンティノヴィチ・シチェドリン[1](ロシア語: Родио́н Константи́нович Щедри́н、ラテン文字転写の例: Rodion Konstantinovich Shchedrin, 1932年12月16日 - )は、ロシア人の作曲家。旧ソ連の指導的な作曲家の一人であり、1973年からソ連作曲家同盟の議長を務めた。 作曲家としての目立った活動に加えて、ピアノやオルガンのヴィルトゥオーゾとしても活動しており、自作の6つのピアノ協奏曲のうち半数は手ずから人前で初演した。 初期作品が調性的で、色彩的な管弦楽法を採り、しばしば民族音楽の要素を断片的に取り入れているのに対して、後期の作品は、音列技法や偶然性の音楽を取り入れている。 西側では、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチらの活動を通じてシチェドリンの作品が知られるようになった。
イヴァン・トレヴィーノ
アメリカ
イヴァン・トレビーノ (Ivan Trevino、1983 年生まれ) は、メキシコ系アメリカ人の作曲家、打楽器奏者、作家、芸術擁護者です。彼はアジアから南米、ニューヨーク市のマディソン・スクエア・ガーデンまで、世界中の聴衆と音楽を共有してきました。 作曲家兼ソングライターとして、イワンの音楽は 5 大陸、25 か国以上で演奏されています。彼は打楽器芸術協会の国際作曲コンテストで複数の賞を受賞しており、彼の名を冠した作品や楽曲が 70 以上あります。最近では、American Public Media の Performance Today で注目の作曲家として取り上げられました。
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