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指揮者なきオーケストラ Ensemble Diverso——現役小児科医が音楽に託す願いとは

2025/11/14

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指揮台に立つ人はいない。40名のオーケストラメンバーが、それぞれの楽器を手に、互いの音に耳を澄ませながら音楽を紡いでいく。

東京を拠点に活動する「Ensemble Diverso」は、指揮者を置かない独特のスタイルで、室内楽的なアンサンブルを大編成で実現する稀有なオーケストラです。2018年の設立から8年目を迎える同楽団が、11月22日、初の九州進出となる大分公演を開催します。

今回の公演では、先天性心臓病に苦しむ子どもたちを支援する「あけみちゃん基金」への募金活動も実施。現役小児循環器科医・薮崎将さんの「音楽を通じて社会貢献したい」という想いが、東京の楽団を大分の舞台へと導きました。

指揮者なしで奏でる独自の音楽の魅力と医療と音楽をつなぐ活動への想いについて、チェロ奏者の薮崎さんと、Ensemble Diverso代表の鵜之澤さんにお話を伺いました。

Ensemble Diverso
東京・神奈川を中心に活動するアマチュアオーケストラ。2018年設立、団員約40名。指揮者を置かず、団員同士の直接的なコミュニケーションを重視したアンサンブル作りが特徴。これまでにベートーヴェンの交響曲第2番・第8番、メンデルスゾーンの交響曲第5番『宗教改革』、モーツァルトの交響曲第40番、プロコフィエフの交響曲第1番『古典』、ストラヴィンスキーの『プルチネッラ』などを演奏。団員をソリストに立てたコンチェルト公演も積極的に行い、上野の旧東京音楽学校奏楽堂などで定期的に演奏会を開催している。
藪崎 将(チェロ)
山梨県甲府市出身。5歳よりチェロを始め、V.アダミーラ、宮田浩久、藤村俊介、藤原真理の各氏に師事。全日本学生ジュニアクラシック音楽コンクール高校生の部で審査員賞を受賞。2019年、第20回大阪国際コンクール弦楽器部門エスポワール賞受賞。2018年大分大学医学部卒業後、現在は小児循環器科医として関東の大学病院に勤務。2023年、ベルリンフィル来日に合わせて企画された「Be Phil オーケストラ」に選抜され参加した。参加の様子はフジテレビ番組「ライフ・ウィズ・ハーモニー」でドキュメントとして放映された。
鵜之澤 航平(チェロ)
千葉県匝瑳(そうさ)市出身。11歳よりチェロを始め、八日市場市立中央小学校(現・匝瑳市立八日市場小学校)の竹の子オーケストラおよびOB団体にて弦楽合奏を学ぶ。大学卒業後は都内のアマチュアオーケストラに複数在籍し一部で首席奏者を務める。現在は学校法人上智学院の職員として言語教育およびグローバル教育に携わる。

——まずは、Ensemble Diversoがどのような団体なのか教えてください。

鵜之澤東京で活動する社会人オーケストラで、2018年の設立から今年で8年目になります。団員は40名程度の小規模な編成で、最大の特徴は指揮者を置かないことです。週1回程度の練習で、アンサンブルを重視した音楽づくりを行っています。

プロのオーケストラでは、ニューヨークの「オルフェウス室内管弦楽団」が指揮者なしで活動していることで有名ですが、私たちもそうしたスタイルを参考に、奏者同士の直接的なコミュニケーションを楽しめるような活動を目指しています。

——「指揮者を置かない」コンセプトはかなり独特ですよね。この形態でオーケストラを編成するに至った経緯を教えてください。

鵜之澤アマチュアオーケストラはたくさんあるので、自分たちの周りにないものをやってみたいという話から始まりました。アンサンブルは楽しみたいけれど、4人や8人といった小編成よりは、もう少し大きな編成でやりたい。そうした中で、指揮者なしでアンサンブルを重視しながら、奏者同士が直接コミュニケーションを楽しめるようなスタイルが面白いのではないかと考えました。

——指揮者がいない分、団員の皆さんはどのようなことを意識して演奏されているのでしょうか。

鵜之澤一番意識しているのは、自分の譜面だけを見るのではなく、スコア全体を入念にチェックすることです。お芝居で例えるなら、台本の中で自分のセリフしか覚えていない役者さんでは、相手役がどんなセリフを言うのか、どんな場面なのかが分からず、適切なタイミングで演技することができないようなイメージです。

オーケストラも同じで、自分のパートだけでなく、他の楽器がどんなメロディーを奏でているのか、全体としてどんな音楽の流れになっているのかを理解していないと、良いアンサンブルは生まれません。そのため、一人ひとりがスコア全体を把握する必要があります。

また、音楽の方向性を示す指揮者がいないので、演奏者自身が合図を出したり、逆に他の奏者からの合図を読み取ったりする必要があります。自分の譜面だけにかじりつかずに適切に発信でき、周りから求められるものについて敏感に対応できる、その両方が求められます。

藪崎気心の知れたメンバー同士ではありますが、各々がどういった音楽を作りたいかというのを持った状態で練習に臨むようにしています。

普通のオーケストラに参加している時は、指揮者から出た信号を敏感に察知して、それを基に全員で音楽を作り上げていくのが一般的です。

しかし私たちの場合は、それぞれの奏者の意図をお互いに察知して自然にサポートし合っています。これは弦楽四重奏やピアノトリオのような室内楽で見られるスタイルですね。演奏者同士の自発的な音楽的会話を基に演奏を作り上げているのが、Ensemble Diverso の最大の面白さだと思います。

——ちなみに、指揮者がいないことで選ぶ曲目にも変化が生まれるのでしょうか。

鵜之澤指揮者がいないと演奏できる曲とできない曲がはっきりと分かれるので、選曲にも大きな影響があります。

藪崎例えば、古典派のモーツァルトやベートーヴェンの前期作品であれば、構造がシンプルで演奏しやすいのですが、ブラームスなどのロマン派になると途端に難しくなります。和声が複雑で、楽曲の構造を理解するのも大変ですし、指揮者なしで全体をまとめるのは非常に難しいんです。実際にトライしてみたこともあるのですが、やはり厳しかったですね。

そうした経験から、私たちは自然と古典派中心の選曲になることが多いです。

——普段は東京・神奈川を中心に活動されている皆さんですが、11月22日には、初の大分公演を控えていらっしゃいますね。どのような経緯で開催することになったのですか。

Ensemble Diverso 大分公演2025

日時:2026年11月22日(日) 18:30開演

場所:iichiko総合文化センター iichiko音の泉ホール(大分県)

詳細:https://teket.jp/14409/51496


・「ピアノと弦楽のためのエクローグ」/G.フィンジ
独奏: Pf 渡邊智道

・三重協奏曲/L.v.ベートーヴェン
独奏: Pf 渡邊智道、Vn清水貴則、Vc藪崎将

・交響曲第7番/L.v.ベートーヴェン

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鵜之澤これまでの活動とは少し異なるコンセプトにしたいという話から始まり、せっかくであれば訪れたことのないホールでということで、一部の団員に所縁のある大分市を選びました。

団員の中には、大分が出身地だったり、過去に大分の大学に通っていたり、転勤で勤めていた人間が2割程度います。そうした人たちが久々に大分の舞台に立てるという、ちょっとしたホームカミングのような意味合いもあります。

東京の楽団が大分にお邪魔して演奏会をするというのは、プロでもアマチュアでも珍しいことなので、大分の音楽関係者の皆さんに、東京のオーケストラの活動を知ってもらえたら嬉しいですね。

——今回の大分公演では、先天性心臓病の子どもたちを支援する「あけみちゃん基金」への募金活動も行われるとのことですが、どのようなきっかけで始めることになったのでしょうか。

鵜之澤東京の団体がよそのエリアにお邪魔するので、ちょっとインパクトのある、人の目や耳を引くような社会貢献活動をやりたいなという思いがありました。そこで藪崎に相談したところ、彼が前にも似たようなチャリティをやった経験があったので、アイディアをもらいました。

藪崎僕の中には、音楽に対するスタイルというものがあります。それは「音楽活動を通じて、何か社会貢献できることはないか」という考え方です。

Ensemble Diversoは、​​団員全員が音楽を仕事にしていないので、休日に集まって趣味としてやっています。もちろん楽しいからやっているものの、あえてネガティブな言い方をすると、「音楽をやる行為」というのはあまり生産的な活動ではないんです。非常に文化的で人間らしさというものはあるんですが。

アマチュアオーケストラの演奏会だと、どうしても聞きに来ていただくのは演奏者の家族や友人が中心になってしまいます。プロのオーケストラのように一般のお客様に広く足を運んでもらって、音楽を届けるという力はありません。

そういった限界がある中で、学生時代から演奏会活動を続けてきて、自分のような立場で音楽をやっていることが何か社会のためになることに活かせるんじゃないかという思いがずっとありました。

僕は小児循環器科医なので、あけみちゃん基金が支援している先天性心臓病の子どもたちを、普段の診療で実際に診ています。そういった意味で、自分の専門分野と音楽活動をつなげた、こういったチャリティ活動ができればと思いました。

今回、プロモーション活動として、大分県の250のクリニックにチラシをお送りして、掲示してもらっています。演奏会に来られない方も、チラシを見て、あけみちゃん基金の存在だけでも知ってもらえたら嬉しいです。

——音楽家兼医療従事者として、藪崎さんにしかできない形で社会貢献を行われているのが素晴らしいですね。演奏会のコンセプトや見どころについても教えてください。

鵜之澤今回は、大分出身の素晴らしいピアニスト・渡邊智道さんをソリストにお迎えして、フィンジの『ピアノと弦楽のためのエクローグ』、ベートーヴェンの『三重協奏曲(トリプル・コンチェルト)』、後半にはオーケストラのみで『交響曲第7番』を演奏します。

藪崎フィンジの曲は、演奏会で取り上げられる機会は少ないですが、イギリスの情景が浮かんでくるような素敵な曲で、大分出身の素晴らしいピアニストである渡邊智道さんの音色も非常にマッチしています。

ベートーヴェンの『トリプル・コンチェルト』は、ソロが3人いる関係で、なかなか演奏される機会がない曲なんです。なぜなら、ギャラがかかるので…(笑)。また、古今東西でこのソリストが3人いる協奏曲を上手く作曲できたのはベートーヴェンしかいないのです。

そういった意味でも、なかなか他では聞けない貴重な曲だと思います。

『交響曲第7番』は、『のだめカンタービレ』でも有名になった曲なので、聞いたことがあるという方も多いでしょう。全体を通して、クラシック初心者から玄人まで、広く楽しんでもらえるプログラムになっています。

指揮者がいない分、演奏者同士がどのようにアイコンタクトを取り合っているか、どのタイミングで誰が音楽をリードしているかといった、通常のオーケストラでは見られない演奏者の動きに注目していただけると面白いと思います。

また、オーケストラの中で響くソロピアノの響きを、ぜひ楽しんでいただきたいです。

——コンサートまで日が短くお忙しい中で、本日はありがとうございました!

指揮者を介さず、40名の奏者が直接心を通わせる音楽づくり。そして医療現場で子どもたちと向き合う医師が、音楽を通じて社会に貢献したいと願う気持ち。

11月22日の大分公演は、音楽の持つ"つながる力"を改めて実感できる、特別なステージとなりそうですね。指揮者なしだからこそ生まれる、より直接的で温かな音楽の響きを、ぜひ会場で体験してみてください。

(インタビュー・構成/松永華佳)

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藪崎 将

小児科医チェリスト

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