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3人のバッハが紡いだ新しい風
第5回上野⇄浅草音楽祭2026in日暮里
2026/03/24
会場の照明が落ち、コンサートの始まりを告げるチューニングが始まったその瞬間。静まり返ったホールに、元気な赤ちゃんの泣き声が響き渡りました。 普通のクラシックコンサートであれば、少し緊張が走る場面かもしれません。しかし、横浜市旭区を拠点に活動する「アンサンブル・アサヒ」のステージでは、そんなハプニングさえも「ほっこりする一幕」として温かく迎え入れられます。 「どなたでも気軽に、気兼ねなく音楽に触れてほしい」 そう語るのは、団長の吉澤隆弘さん。2020年、未曾有のパンデミックの中でわずか3名からスタートしたこの楽団は、今や30名近くの仲間が集う場所となりました。車椅子の来場者も、小さなお子様連れも、誰もが同じ空間で肩を並べてハイドンやモーツァルトに耳を傾ける。そんな「理想の風景」を形にしつつある彼らの歩みを伺いました。
——まずは、アンサンブル・アサヒを立ち上げた経緯からお聞かせください。3人で始められたそうですが、どのような思いがあったのでしょうか。
吉澤地域に密着しながら、丁寧なアンサンブルができる団体を作りたいという思いが一番大きかったです。実は、最初の3人のうち1人はオーケストラ未経験者だったんです。そういう方にもオーケストラを経験してもらえたらいいなと思って立ち上げました。 ただ、横浜にはたくさんのオーケストラがありますので、地域を限定することと、小編成で古典作品を中心にやっていくという方向性を決めました。 団体名の「アサヒ」は、横浜市旭区を意味しています。私自身が横浜に住んでいて、特に旭区周辺にはオーケストラがあまりなかったんです。横浜の中心部ではなく、南西部や西部といった地域に拠点を持つことで、特色を活かせるのではないかと考えました。
——今後も「地域密着型」×「小編成」で活動を続けて行く予定なのでしょうか。
吉澤はい、そのつもりです。小編成だからこそ、一音一音を丁寧に作っていけると考えています。大編成のオーケストラも素晴らしいですが、私たちは人数を増やすことよりも、質の高いアンサンブルを追求したいんです。 それに、小編成には一人一人の存在感が大きいという利点もあります。実は私自身、アンサンブル・アサヒとは別に100人を超える規模のオーケストラにも所属しているのですが、そちらは新しい方が入ってきても、一人一人の比重がどうしても小さくなってしまいます。 アンサンブル・アサヒのような小規模な団体では、新しく入ってくる方に対してみんながフォローできますし、演奏においても責任と充実感を感じていただけるのではないかと思っています。
——地域に根ざした活動として、コンサート以外にも取り組んでいらっしゃることはありますか。
吉澤地域での活動は徐々に広がってきています。たまたま練習場所として使おうと思ったフリー施設のオーナーさんから「ここでコンサートをしてくれませんか」という話をいただいて、季節ごとに室内楽の演奏会を開催するようになりました。 大勢は入れない会場なので、お客様を限定した少人数の演奏会という形にしています。そこでの演奏を見た方から、今度は老人ホームへの慰問演奏の依頼もいただきました。 すべて同じ地域の中での活動なので、私たちが目指していた「地域密着」という目標は、徐々に叶ってきているのかなと感じています。
——アンサンブル・アサヒの演目では、古典作品を必ず入れていらっしゃいますが、ハイドンやモーツァルトといった作品を選ぶ理由を教えてください。
吉澤差別化という意味もあるのですが、一番の理由は「聴いてみるとすごくいい曲なのに、あまり演奏されていない」という点です。 例えばハイドンの交響曲は、そんなにあちこちでよく演奏される曲ではありません。でも実際に演奏してみると、本当に素晴らしい作品なんです。モーツァルトにしても、有名な曲以外にも魅力的な作品がたくさんあります。 お客様からは「ベートーヴェンの第7番や第9番、運命が聴きたい」というご要望もいただくのですが、私たちとしては、知られていない名曲に光を当てたいという思いがあります。
——知られざる名曲にスポットを当てたいという気持ちを軸に、セットリストを組まれているのですね。毎回のプログラムはどのように決めていらっしゃるのですか。
吉澤選曲委員を任命していて、その方が中心になって3案くらい作り、団員にアンケートを取って決めています。団長である私自身はあまり介入しないようにしているんです。 団長の裁量が大きい団体も世の中には多いと思うのですが、私はみんなで話し合いながら進められる団体にしたいと考えています。むしろ、自分の意見を言っても通らないこともよくあるんですよ(笑)。 それから、演奏を聞いてくださるお客様はもちろんですが、「演奏する側の気持ち」も大切にしています。年に1回の本番に向けて1年間練習するわけですから、団員が「これをやりたい」と思える曲を選ぶことが重要だと思っています。 多くの団員が他のオーケストラと掛け持ちをしているので、「やったことがない曲に挑戦したい」という声も多く、その気持ちは大事にしています。
——今年1月の定期演奏会では「時」をテーマにされていましたね。どのような想いを込めた選曲だったのでしょうか。
吉澤最初から決めていたというよりは、選曲を進めていくうちに、結果的に「時」というテーマに収束していきました。ハイドンの『時計』や、ベートーヴェンの作品でも時をイメージさせる楽章など、プログラム全体に時間の流れや移ろいを感じられる構成になりました。 アンコールにはハイドンの『交響曲第64番イ長調(時のうつろい)』を選んで、最後まで一貫したコンセプトでお届けいたしました。
——アンサンブル・アサヒのコンサートは、入場無料で未就学児も歓迎、さらに演奏中の出入りも自由とされていますが、この方針に至った経緯についてもお聞かせください。
吉澤ろんな方に聴いてもらいたい、誰もが気軽にクラシック音楽に触れられる機会を作りたいという思いがあります。クラシック音楽は「敷居が高い」と感じている方も多いですし、小さなお子様がいらっしゃる方は「子どもを連れてコンサートホールには行けない」と諦めてしまっていることも少なくありません。車椅子の方も同様です。 先日の演奏会では、認知症のお母様を連れて来たいという方から事前に連絡をいただきました。スタッフに伝えて席を用意しておいたところ、とてもスムーズにご案内でき、後日お礼のメールもいただきました。こういった対応ができるのも、小規模な団体だからこそだと思います。
——団員の皆さんは20代から70代まで幅広い年齢層だそうですね。どのような雰囲気なのでしょうか。
吉澤一言で言うと「ワチャワチャしてる」感じですね(笑)。賑やかで楽しい雰囲気です。 世代を超えて音楽を楽しんでいる姿は、私たちの大きな魅力だと思っています。練習は毎月第2木曜日の午後なので、木曜日が仕事休みの方や、都合をつけて来てくださる方など、働き方も様々です。皆さんアマチュアで、仕事を持ちながら趣味として音楽を楽しんでいらっしゃいます。 それから、ヴァイオリンと金管のトレーナーをお呼びして練習することもあります。今後は他の楽器のトレーナーも増やしていき、さらに演奏の質を高めていきたいと考えています。
——今後、アンサンブル・アサヒをどのような団体に育てていきたいとお考えですか。
吉澤基本的には今のままの方向性で続けていきたいと思っています。ただ、現状では本番になるとどうしてもエキストラの方に頼らざるを得ない状況なので、できれば団員だけでコンサートができる規模にしていきたいですね。 大規模にするつもりはありませんが、安定した編成で演奏できる体制を整えたいと考えています。 新規団員としては、ある程度自分なりに考えて練習してこられる方を求めています。小さな団体で、みんなで協力し合って運営していく必要があるため、協調性のある方だと助かります。 ただ、何より大切なのは、音楽を楽しんでくれる方です。それが一番ですね。 現在募集しているのは、ヴァイオリン、ヴィオラ、オーボエ、ファゴット、コントラバス、ティンパニ(応相談)です。まずは見学に来ていただいて、雰囲気を感じていただければと思います。
——最後に、この記事を読んで見学や入団を考えている方、またコンサートに足を運んでみたいと思った方に向けてメッセージをお願いします。
吉澤見学に来ていただければ、団員みんながフォローしてくれます。小人数だからこその温かさがあると思いますので、気軽にいらしてください。 コンサートに関しては、古典作品が中心ということで、もしかすると「ちょっとハードルが高いかな」と感じる方もいらっしゃるかもしれません。ただ、無料で出入りも自由なので、本当に気軽に足を運んでいただけたら嬉しいです。 小さなお子様連れの方も、車椅子の方も、どなたでも大歓迎です。「クラシックのコンサートは初めて」という方にこそ、私たちの演奏会を体験していただきたいと思っています。 ハイドンやモーツァルトの知られざる名曲を、ぜひ一緒に楽しみましょう。会場でお待ちしています。
(インタビュー・構成/松永華佳)
毎月第2木曜日午後に練習
中の人は、アマチュアオーケストラで打楽器をやっています