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生の演奏を超える音を録りたい——STUDIO1812 梅谷一弘が追い求める「究極の音」とは

2026/04/08

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演奏会で生の音楽に触れるとき、人は耳だけで音を聴いているわけではありません。ステージ上の演奏者の姿を目で追い、空気の振動を肌で感じ、客席の熱気すら音楽の一部になります。五感が総動員されるからこそ、生演奏はあれほど心を揺さぶるのでしょう。

では、録音された音楽はどうでしょうか。

目の前に演奏者はおらず、スピーカーから届く音だけが頼り。「耳だけで聴く音楽」は、果たしてライブと同じ感動を生み出せるのでしょうか。

「実際に鳴っている音より綺麗に録りたい。そうでないと、録音物は生の音楽を超えられない」

そう語るのは、STUDIO1812を主宰するレコーディングエンジニア・梅谷一弘さん。元フルート奏者でありながら、録音の世界へ足を踏み入れ、業界でもほぼ前例のない独自技術「ハイブリッドレコーディング」を開発するに至った人物です。

その技術の核心から、演奏者を育てる録音指導の哲学まで、深く迫ります。

梅谷一弘
STUDIO1812(株式会社ウメタニ)主宰。レコーディングエンジニア。中学2年よりフルートを始め、安城学園高校吹奏楽部在籍中に第49回全日本吹奏楽コンクールで金賞を受賞。高校在学中は元NHK交響楽団首席奏者・中野富雄氏にフルートを師事。社会人になった後、ドラムセットの録音をきっかけに録音技術を独学で習得し、デジタルとアナログを同期させる「ハイブリッドレコーディング」を独自開発。クラシック演奏家のレコーディング・コンクール音源制作を手がけるほか、録音体験会・ワークショップも主宰する。

——フルート奏者としてのご経歴が長い梅谷さんが、録音の世界に入られたきっかけを教えてください。

梅谷社会人になってから、ずっと好きだったバンドの影響でドラムセットを購入したんです。それをMDで録音してみたのですが、CDのような音がうまく録れなくて。「なぜCDのような音にならないのだろう」という疑問を持ったのが、全ての始まりでした。

——MDとCDでは、録音したときにどういった音の違いが生まれるのでしょうか。

梅谷MDのステレオマイク1本では、音を一方向からしか拾えません。ドラムセットのような楽器は、スネア・バスドラム・シンバルといったパーツが空間に広がっているため、それぞれに個別のマイクを立てて多チャンネルで録音することで、はじめてCDのような立体的な音が得られます。

当時はその考え方を全く知らず、マイクを一本一本立てれば、CDのように録れると教えてもらってから、一気に録音の世界にのめり込みました。

——趣味から派生して、独学でここまでの技術を身につけたというのは非常に素晴らしいですね。これまでに、どなたかに師事した経験はありますか。

梅谷現在は元大阪芸術大学の先生に師事しています。実は、私から弟子入りを申し出たのではなく、向こうから声をかけていただきました。

「梅谷さんは、録音の方向性は良いのに成果が惜しい」と言われたんです。

機材はしっかりしたものを持っているし、やっていること自体は間違っていない。ただ基礎が身についていないために、本来出せるはずのクオリティに達していない、ということでお声がけいただきました。

——「成果が惜しい」とは、具体的にどういう意味だったのでしょうか。

梅谷録音の基礎原理を理解すれば、よりクオリティの高い成果が出せるというご指摘だと思います。

例えば、ステレオ録音においてマイクをどの位置に置けば音が左右にどう広がるか、マイクと音源の距離が変わると音質にどんな影響が出るか、そういった根本的な知識を理解しないまま、機材だけが先行していた状態だったんです。

出来上がる作品の規模感は大きいのに、基礎知識が追いついていないから、成果物が「惜しい」状態になっている。そのギャップを指摘していただきました。

——梅谷さんは、デジタル録音とアナログ録音を組み合わせた特殊な録音技法を使用されていますが、そもそもこの2つはどう違うのでしょうか。

梅谷まず、デジタルは0と1で構成された、数学的な録音です。再現性が非常に高く、録った音をそのまま正確に再現できるのが特徴です。一方、アナログは磁気テープを使った録音で、独特のまろやかさがあります。

どちらが好きかと尋ねると、ほとんどの演奏者はアナログの方が良いとおっしゃいます。

——その二つの録音技法を同時に使うと、単体の技法を使用する時と比べてどのような違いが生じるのでしょうか。

梅谷アナログの温かみとデジタルの精確さ、両方の「美味しいとこ取り」ができるのが最大の違いです。

ただ、実現するためにはまず「時差情報」という問題を解決しなければなりません。デジタルとアナログはそれぞれ独立して動作するため、同時に録音を始めても機械ごとの回転ムラによって時間軸が微妙にずれてしまいます。このわずかなずれが音の濁りやぼやけとなって録音物に現れてしまうんです。

うちではテープレコーダーがデジタルの信号に同期して動く仕組みを独自に開発しているので、時間軸が常にぴったりと揃います。だから時差が一切生じない状態で、二つの録音方式を同時に走らせることが可能なんです。

——音にこだわり抜いたゆえに、他のスタジオに真似できないような技法を開発されたんですね。他にも、梅谷さんならではの録音に関してのこだわりはありますか。

梅谷スタジオの空間設計にこだわっています。

一般的な防音室は吸音を優先するため、響きがほとんど消えてしまうのが特徴です。しかし、STUDIO1812のAホールは吸音率を約30%程度に抑えており、ある程度の反射を残すことで空間全体が自然に共鳴する響きになっています。

さらに、空間系エフェクターをスピーカーから実際に鳴らして、その響きごと録音する手法も取り入れています。そうすることでコンサートホールで収録したような広がりのある音が、スタジオでも再現できるんです。

録った音を聴いてもらうと、「どこで録ったの?」と驚かれることが多いです。「スタジオで録ったけれど」と答えると、さらに驚かれます(笑)。

また、マイクの本数もこだわりのポイントです。

オーケストラ収録でも基本的に2本に絞っています。マイクを立てれば立てるほどノイズと時差情報が積み重なり、近いマイクと遠いマイクが混在すると音が濁って聞こえてしまうからです。

本数を絞る分だけマイクの間隔・高さ・奥行きの精度が全てを左右するので録音の難易度は上がりますが、出てくる音はずっとクリアになります。

オーケストラも吹奏楽も、全体が一つの個体として成立しているものなので、個々のパーツを個別に綺麗にするよりも、全体が一つのまとまりとして聞こえるように録ることを大切にしています。

——ちなみに、スタジオ名「STUDIO1812」にはどのような由来があるのですか。ここにもこだわりが詰まっていそうな気がするのですが。

梅谷チャイコフスキーの序曲『1812年』への敬愛からです。実際にチャイコフスキーの生家を訪れ、展示されていた手書きの楽譜を目にして改めて惚れ込みました。

『スラヴ行進曲』なども含め、ずっと好きだった作曲家だったので、スタジオ名はすぐに1812と決めました。

——梅谷さんご自身も演奏者でいらっしゃいますが、その経験は、エンジニアとしての仕事にどう活きていますか。

梅谷「演奏者が録られたい音を録ることができる」という点が、最も大きな強みだと思っています。

もちろんエンジニアは楽器の音をある程度は知っていますが、ただマイクを向けて音を拾うだけでは、欲しい音は録れません。

自分には演奏者としての経験があるので、フルートであれば「フルートとはこういう音だ」と感覚的にも経験的にもわかった上でマイクを立てられるので、演奏者が求める音を的確に捉えることができます。

——録音中に、演奏者に対して技術的なアドバイスをされることもあるのでしょうか。

梅谷録音の仕事の8割は、演奏者へのディレクションに費やしていると言っても過言ではありません。

音量の幅が極端に大きい演奏者は、どれだけ機材が良くても録音物のクオリティが下がってしまいます。小さな音を大きく演奏しながら、それでいて小さいニュアンスを表現してもらうことが、一番難しく時間がかかる部分です。

時には、「このままでもお渡しできますが、この音源をコンクールで出されたら、私なら受からせない」とはっきり申し上げることもあります。そこから、さらに演奏者と一緒に音源を作り込みます。

ここまでやった音源は、やはりコンクールの審査を通過することが多いです。

——STUDIO1812での録音を通じて、演奏者自身の技術向上にもつながるということですね。

梅谷録音することで、自分の音が客観的にどう聴こえているかが明確になります。ペダルの踏み方ひとつ、音量のコントロールひとつ、スマートフォンの録音では聞き取れない繊細な部分も、スタジオの録音では浮かび上がってくる。

「こういう風に演奏してください」ではなく、「こういう風に聴こえていますよ」という形でフィードバックできるので、録音すること自体が演奏者の学びになっていくんです。

そうした経験を広く届けるために、STUDIO1812では録音体験会も開催しています。

20分の曲を録りたい場合、「1時間半あれば十分でしょ」という感覚でいらっしゃる演奏者の方が多いのですが、実際には約7時間かかります。まず録って聴くだけで40分。コンクール音源だと10時間近くかかることもあります。

まずその現実を知っていただくことが、体験会を始めた一番の理由です。

——録音にそれほどの時間がかかるとは、なかなか想像しにくいですね。体験会ではどのようなことがで
きるのでしょうか。

梅谷3分程度の曲を2曲録って、編集・ミックス・マスタリングからCDに焼くまでの全プロセスを1時間で体験していただきます。録音にどれだけの工程と時間が必要なのかを身をもって知ってもらい、次回から逆算して録音の計画を立てられるようになってほしいというのが目的です。

複数のピアニストさんにご協力頂き、、伴奏者を自分で手配していただく必要もなく、演奏ジャンルに応じた方をご案内できます。楽器さえ持ってきていただければ、あとは全てこちらで整えます。料金もお一人様5,500円とリーズナブルに設定しており、まずは気軽に体験していただける環境にしています。

また、自分の機材を持ち込んで録音技術そのものを学ぶワークショップも同時に開催予定です。実際にプロの演奏者に演奏してもらいながら、自分の機材で収録する実践的な内容になる予定です。

——最後に、コンサートスクウェアの読者の方に伝えたいことはありますか。

梅谷録音は難しい、費用もかかると思われている方が多いのですが、まずは気軽に来ていただける場所を目指しています。録った音を聴いていただいて「なぜこんな音になるの?」と驚いていただける瞬間が、何より嬉しいので、ぜひSTUDIO1812での録音を体験してみてください。

——梅谷さん、ありがとうございました!

STUDIO1812のホームページはこちら

(インタビュー・構成/松永華佳)

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中の人は、アマチュアオーケストラで打楽器をやっています