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2025/05/01
名古屋発、フルートとピアノによる家族デュオ。 フルートの宇佐美敦博さん、ピアノの宇佐美文香さん、そして司会を務める宇佐美典子さん。 3人が届けるのは、"わかる人だけ"のためではない、ひとりひとりに寄り添うクラシック音楽です。 「クラシックって、こんなに身近で自由だったんだ」 そんな新しい出会いを生むために、型にとらわれないアンサンブルと、“伝わる音”を徹底的に追求してきた宇佐美ファミリー。演奏、選曲、CD制作、ジャケットデザインまで、細部に宿る「ただ一人のあなたに届けたい」というこだわり。その舞台裏を、インタビューでたっぷりと紐解きました。
——まずは、お二人の音楽活動について教えていただけますか。
敦博最初に二人で音楽活動を始めたきっかけは、娘が音楽大学の受験に向けてピアノを練習している時でした。 練習を聴いていて、「これは一緒に演奏したら、いい音楽ができるんじゃないか」と感じたんです。受験が終わったら、一緒にコンサートをやろうと声をかけたのが始まりでした。 最初のコンサートでは、お客様からも非常に良い反応をいただきましたし、自分たち自身も「これまでにないしっくりくる音楽ができた」という手応えがあって。それから何度か共演を重ね、最終的には「CDも作ってみよう」という話になりました。
——文香さんは、お父様からお声がかかったとき、どのように感じましたか。
文香実は、小さい頃から一緒に遊びで曲を合わせたりしていたので、特別な驚きはなかったんです。 「いつかは自然にこういうふうに一緒に演奏する日が来るのかな」と思っていたので、すんなり受け入れられました。
——ご家族で一緒に演奏活動をされることについて、良い点・難しい点、それぞれ教えていただけますか。
敦博一番の良い点は、音楽の価値観がとても似ていることですね。 あらかじめ細かく打ち合わせをしなくても、自然に呼吸が合う。これが私たちのデュオの一番の魅力だと思っています。 うまく言葉にはできないのですが、自然に一緒に音楽が流れ出す感覚があるんです。
文香演奏中に言葉を交わさなくても、感じ合える部分がすごく大きいです。だからこそ、より自然体で音楽が作れるんだと思います。
敦博ふつう、他の演奏家と共演するときには、お互いに遠慮して言いにくいこともあったりしますが、家族だと本音で深い議論ができるんです。細部に至るまで徹底的に作品を作り込めるのは、家族ならではの強みなのかもしれません。
文香ただその分、議論が白熱しすぎて喧嘩になってしまうこともあります(笑)。ご飯のときにまで音楽の話をして、気まずくなることもあります。
敦博本番前に険悪なムードになると困るので、さすがに直前はお互い気をつけるようになりました(笑)。
——良くも悪くも、遠慮なく本気で意見を交わせる関係性ということですね。音楽を届けるうえで、お二人が特に大切にされていることはどんなことでしょうか。
敦博私たちが目指しているのは、「特別な知識がないと楽しめないクラシック」ではなく、もっと身近に、もっと自然に届く音楽です。楽譜に浮かび上がる作曲家のインスピレーションと音──それを自然に響かせる音楽を届けたいのです。 ですから、演奏テクニックの誇示や、評論家受けを狙ったような表現には興味がありません。音大の試験やコンクールで高得点を取れるような演奏──そういったものを目指すのではなく、素直に自分たちが感じたままの音楽を、まっすぐに届けたいと思っています。
文香曲を選ぶときもすごく慎重です。曲の組み合わせや順番も大事です。だから、たくさん候補を出し合って、聴く人が退屈しないか、疲れないか、そんなことを何度も話し合って、プログラムを組んでいます。
敦博私はどちらかというと、リストアップする側なんですけれど、文香に「これは違う」とバッサリ言われることも多くて(笑)。 でもそれがすごく大事で、お互いの視点を持ち寄ることで、よりいいコンサートが作れていると感じます。
——曲目を選定する段階から、非常にこだわってコンサートを作られていることが伝わってきました。お二人は、ご家族でありながら、音楽的なバックグラウンドは少し違うとお聞きしましたが、詳しくお聞かせください。
敦博私は専門的な音楽教育を受け始めるのが遅かったんです。高校生からなんです。とても苦労はしましたが、いまでも、根っこの部分に「アマチュア」の純粋な音楽の楽しみ方を覚えています。 一方で文香は、幼い頃から本格的な音楽教育を受けてきたので、より専門的な鋭い音の感覚を持っている。 この違いが、私たちの音楽のバランスを保ってくれている気がします。
文香父が持っている“一般のリスナーに寄り添う感覚”は、自分にはなかなか出せない部分なので、すごく大切な視点だと思っています。
——バックグラウンドが違うからこそ、いい補完関係でいられるんですね。 2024年にリリースされたCD『CINEMA flute & piano』のジャケットとリリース記念コンサートのフライヤーを拝見しましたが、お写真が大変素敵でした!楽曲はもちろん、それ以外のこだわりのポイントもぜひお伺いしたいです。
敦博CDの録音やジャケット、チラシのデザインに至るまで、すべてを「作品」として大切に考えています。 最初に目に触れるジャケット写真やフライヤーから、もうリスナーとのコミュニケーションは始まっていると思っているんです。だからこそ、録音に使うホールやマイクも、自分たちで選び、納得のいく音が録れるまでこだわります。 『CINEMA flute & piano』では、そうして細部まで一つひとつ積み上げる作業を重ね、録音の最終日には「これで完成だ」と手応えを感じることができました。 しかし、妻・典子から思いがけない一言が飛び出しました。「前作を超えていない。これではダメだ」と。 もちろん、録り直すにはスケジュールも予算も厳しい状況でした。それでも、「納得できないものは世に出せない」という想いを優先し、録音を一からやり直すことを決断しました。 正直、あのときは本当に大変でした(笑)。でも、全員が「これだ」と納得できるものができたことは、今振り返ると、とても大きな意味があったと思います。 普通ならありえないような手間ですが、それだけ妥協はしたくないんです。手に取った方に、何度も繰り返し聴いてもらえる「お気に入りのCD」を作りたい。そんな気持ちで取り組んでいます。
——これはすごいエピソードですね(笑)。一切の妥協なく作った音楽、しっかり聴き手に届いていると思います。そんなこだわりが詰まった、映画音楽をテーマにしたCD『CINEMA flute & piano』ですが、制作にあたって、特に意識されたことはありますか。
敦博実は、僕はもともと現代音楽がすごく好きなんです。けれど、現代音楽のコンサートやCDって、どうしても一般の方には難解に思われがちで、なかなか聴いていただけないんですよね。 そこで考えたのが、「誰もが親しみを持てる映画音楽を題材にしながら、現代音楽のエッセンスをちりばめる」というアプローチでした。 懐かしい映画音楽のメロディーに、現代的な響きや技法をそっと織り交ぜることで、聴く人によっては懐かしさを、また別の人には新鮮さを感じてもらえる、そんな作品を目指しました。
文香有名な映画音楽といっても、ただ有名だから選んだのではなくて、それぞれの曲が持つ“原曲への敬意”を大切にして選んでいます。アレンジも、「素材をいじる」のではなく、作曲家が込めた世界観を尊重した形にこだわりました。
敦博リスナーが何を感じるかは本当に人それぞれです。 ある人にとっては懐かしい響きに包まれる一枚になり、またある人にとっては、今を生きる自分自身に寄り添ってくれる新しい音楽として響くかもしれない。そうやって「1対1の音楽」を届けたいという、僕たちの原点に立ち返るようなCDになったと思っています。
——最後に、これから挑戦したいことや、読者の皆さんへのメッセージをお願いします。
敦博これからも、自分たちらしい音楽を、丁寧に届け続けたいと思っています。どんなに時代が変わっても、「ひとりひとりの心にそっと寄り添う音楽」を目指す気持ちは変わりません。 今、たまたまこのインタビューを読んでくださった方の中にも、「クラシックにはあまり縁がなかったけれど、ちょっと聴いてみようかな」と思っていただける方がいらっしゃったら、本当に嬉しいですね。
——素敵なお話をありがとうございました。この記事を通じて、宇佐美敦博さん・文香さん、そして典子さんが紡ぐ、ひとりひとりに寄り添う音楽の魅力が、より多くの方に届くことを願っています。
(インタビュー・構成/松永華佳)
中の人は、アマチュアオーケストラで打楽器をやっています