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ビゼー作曲・オペラ「カルメン」ハイライト公演
2025/08/31
現代のコンサートホールで、208年前に作られた楽器の音色が響く。1817年製のスクエアピアノ——現在のピアノとは全く異なる構造を持つ、歴史の証人ともいえる楽器です。 この貴重な楽器とともに、古楽の魅力を伝え続けているのが小原道雄さんです。名古屋を拠点に、チェンバロ、フォルテピアノ、そしてスクエアピアノという3つの鍵盤楽器を駆使して、バロック時代から古典派にかけての音楽を、その時代本来の響きで届けています。 中学時代の語学への興味から始まった音楽への道。ドイツ留学で培った古楽への情熱を胸に、楽器が持つ歴史と音楽の本質を追求し続ける小原さんに、その想いと活動について伺いました。
——まず、小原さんが古楽の道に進まれた経緯を教えてください。
小原実は最初から音楽家を志していたわけではないんです。中学3年生の時に「魔法の呪文が解読できるような気分を味わいたい」という、今思えば完全に中二病的な動機でドイツ語を始めました(笑)。英語以外の言語には、英語にはない文字があって、それが読めたら面白いんじゃないかと思ったんです。 同時にイタリア語やギリシャ語にも手を出していたのですが、最終的に学習を続けたのがドイツ語でした。ところが、その頃ドイツ語にはまりすぎて、高校入試で第1志望校に落ちてしまい、第2志望の音楽科がある高校に進学することになったんです(入学したのは普通科でしたが)。それまではピアノは趣味程度でしたが、音楽科がある高校に入ってしまったことで運命が変わりました。
——語学への興味が音楽の道につながったのですね。小原さんは、ドイツへ留学にも行かれていますが、その時にはどのようなことを学ばれたんですか。
小原ドイツ留学は7年間続けましたが、そこで古楽の世界に本格的に出会いました。チェンバロやフォルテピアノといった楽器の存在を知り、現代のピアノとは全く違う音楽の作り方があることに魅力を感じたんです。 ドイツ留学を決めた際に高校の先生に言われた「本場のヨーロッパの音楽を吸収するだけでなく、日本とヨーロッパの文化の架け橋になりなさい」という言葉を今でも大切にしています。だからこそ、毎年ヨーロッパの音楽仲間を2、3人日本に招いて、本場の演奏を日本のお客様や生徒さんに届ける活動を続けています。
——小原さんは、ピアノの中でもかなり珍しい「スクエアピアノ」を扱っていらっしゃいますが、どのような特徴がある楽器なのでしょうか。
小原今持っているのは1817年製、つまり今年で208歳になるイギリス生まれのスクエアピアノです。実は、これは僕にとって2台目のスクエアピアノなんです。 最初は2017年にドイツの友人から別のスクエアピアノを譲り受け、すぐに現在ヨーロッパでの活動拠点であるポルトガルに送ったのですが、その後コロナ禍で日本に運ぶ費用が100万円を超えることがわかって。それなら新しく購入した方が費用的に大して変わらないということになり、現在の楽器を手に入れました。 スクエアピアノは今のピアノの形ができる前の楽器で、チェンバロと同時代に使われていた鍵盤楽器、クラヴィコードから発展した鍵盤楽器です。現代のピアノには鉄の枠が入っていて300キロほどありますが、スクエアピアノは木だけでできていて100キロ程度。そのため自力での運搬が可能で、全国各地でのコンサートに持参できるんです。
——現代の一般的なピアノと比べて、音色の違いはいかがですか。
小原現代のピアノと比べて、貼られている弦も細く、ハンマーも小さいので、より繊細で華奢な音が特徴です。でも、その繊細さこそが魅力で、208年という歳月が楽器に刻んできた歴史を感じられます。 チェンバロはバッハの時代辺りまで、クリストフォリ型のフォルテピアノ(ハンマーで弦を叩いて音を出す原初のピアノ)はハイドンやドメニコ・スカルラッティの作品に、そしてスクエアピアノはモーツァルトからベートーヴェン、さらにはショパンまで幅広く対応できます。スクエアピアノが来てくれたおかげで、自分のレパートリーが大きく広がりました。
——同じ「ピアノ」でも音色や得意とする楽曲に大きな差があるんですね。小原さんは、名古屋を拠点とされていますが、その理由について聞かせてください。
小原東京にはチェンバロを弾く人がたくさんいて、レッスンをしようにも、生徒さんの取り合いになっています。そんな中でも、レッスンを気に入って下さったのか、数名の生徒さんが関東での毎月のレッスンを楽しみにして下さっているのは、大変嬉しい事です。一方、名古屋では17年間活動してきましたが、ようやく最近になって若い世代の先生が出てきた程度なんです。競争相手が少ないということは、自分の好きなようにできるということでもあります。 それに、私は名古屋出身で、その後はいきなりドイツに行ってしまったので、東京にネットワークを持っていませんでした。そんな状態で東京に行っても何もできないのは目に見えていたので、名古屋にとどまることにしたんです。 東海三県から常に生徒さんがいらっしゃいますし、オランダで活動中の若い同業者さんに楽器を貸したりもしていて、特に活動していく上で困ることもありません。名古屋ベースでも関東まで出張レッスンに行けますし、この戦略は結果的に正解だったと感じています。
——小原さんのレッスンでは、どのような方針を取られているのですか。
小原特にこちらから課題曲は設定せず、生徒さんが弾きたい曲を持ってきてもらいます。教える側が全部やってしまうと、生徒さんが皆同じような演奏スタイルや曲目選択になってしまうので、曲選びから経験してもらっています。生徒さんが持ってくる曲の中には、自分が知らなかった作品もあるので、自分自身の勉強にもなりますし、「楽譜を探す」という作業も学んでもらいたいと思っているので、このスタイルを取っています。 今年は初めて、チェンバロの生徒さん2人がドイツの音楽大学に合格しました。16年間の指導の集大成として、とても嬉しい結果でした。
——20年以上続けられている酒蔵コンサートについても教えてください。
小原酒蔵コンサートは、2004年のドイツ留学中から始めて、今年で20年以上続けています。たまたま留学前に入っていたアマチュアオーケストラに酒蔵の娘さんがいて、「凱旋コンサートをやる時は酒蔵を使って」と言われていたのがきっかけです。最初は地元名古屋のバロック音楽の現場を知るための経験として始めました。 現在は、名古屋市守山区にある、江戸時代から続く「東春酒造株式会社」の土蔵造の酒蔵を使わせてもらっています。がらんとした広い空間で、音響がとても良いんです。酒蔵の社長さんによると、レコーディングに使われたこともあるそうで、椅子を並べれば100席は入る小さな演奏ホールのような広さです。
——酒蔵で行うコンサートならではの魅力はありますか。
小原当時使っていた大きな樽や桶などの酒造道具も展示されていて、どうやってお酒を作っていたのかがわかります。コンサートの合間には地酒の試飲即売もやっているので、お酒目当てで来た方にも古楽を知ってもらえますし、音楽目当てで来た方にも名古屋の美味しいお酒を知ってもらえます。 11年目以降は、ヨーロッパの音楽仲間をゲストに招いて、外国人演奏家と日本酒のコラボレーションを続けています。文化の架け橋という意味でも、とても意義深い活動だと思っています。ヨーロッパの仲間たちも、向こうには存在しない日本の伝統的な建物でのコンサートを喜んでくれています。
——小原さんは多岐にわたる活動をされていますが、今後の展望についてお聞かせください。
小原これからも、日本とヨーロッパの文化の架け橋になれるよう、ヨーロッパの音楽仲間を日本に招く活動を続けていきたいと思います。 プロの音楽家であれば、留学などで本場の音楽に触れることができますが、お客さんやアマチュアの生徒さんはなかなかそこまでできません。だからこそ、自分がヨーロッパの仲間をここに連れてきて、「本場の演奏を見せること」が自分のミッションだと思っています。
——最後に、コンサートスクウェア読者の方へのメッセージをお願いします。
小原名古屋だけでなく、関東でもレッスンやコンサートを行っています。208年の歴史を持つスクエアピアノを実際に触ってみたい方、歴史が好きな方、クラシック音楽の新しい一面を知りたい方は、ぜひ古楽器を使ったコンサートやレッスンに足を運んでみてください。現代のピアノとは全く違った音楽の作り方を体験できると思います。
——本日は貴重なお話をありがとうございました!
スクエアピアノという208歳の楽器が奏でる音色には、ただの美しさを超えた何かがある。それは時間の重み、歴史の証言、そして音楽が生まれた当時の空気そのものかもしれません。 小原道雄さんの活動は、音楽を単なる芸術作品としてではなく、その時代の生活や文化と結びついた生きた歴史として私たちに届けてくれます。古楽器が自然と音楽作りのアイデアを見せてくれるように、私たちもまた、その音色から新しい発見と感動を受け取ることができるでしょう。 (インタビュー・構成/松永華佳)
中の人は、アマチュアオーケストラで打楽器をやっています