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音楽は私のユートピア──松本裕香が紡ぐ「ニッチ」と「草の根」2つの音楽世界

2025/09/05

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エルガーのピアノ5重奏曲にフィンジの作品——「だいぶオタクな選曲だと思います」。9月10日に開催される自主企画公演について、松本裕香さんは笑いながらそう表現します。

そんなニッチな選曲のコンサートとは打って変わって、松本さんは鎌倉で高校生以下の子どもたちに無料で音楽を届ける「キホユカプロジェクト」も展開しています。

一見対照的に見える二つの活動。しかし、その根底には「音楽はユートピア」「音楽は道具」という松本さん独自の哲学が流れています。13年間のヨーロッパ留学で培った音楽観と、幼少期に出会った魔法使いのようなバイオリニスト・ギトリスとの衝撃的な体験が育んだ、彼女の音楽世界に迫りました。

鎌倉の風景保存のためのチャリティコンサート
松本裕香(まつもとゆか)
ヴァイオリニスト。3歳よりヴァイオリンを始める。東京藝術大学に合格後、イギリスの音楽大学に進学。学部卒業後ドイツで2年間研鑽を積み、その後イギリスの母校で修士課程を修了。計13年間のヨーロッパ滞在中、2006年タンブリッジ・ウェルズ国際若手音楽家コンクール弦楽器部門3位、2007年学内弦楽器コンクール1位を受賞。留学中にはバイオリニスト、イヴリー・ギトリスとの出会いという貴重な経験も持つ。2016年に帰国後、自主企画による室内楽コンサートの開催と、鎌倉を拠点とした「キホユカプロジェクト」による子ども向け音楽活動を並行して展開。マニアックな選曲による企画公演から地域密着型の草の根活動まで、幅広く音楽の魅力を伝えている。

——松本さんは、多彩な活動をなさっているので色々お聞きしたいことがありますが…まずは、間もなく開催される9月10日の自主企画公演について教えてください。

松本今回はピアノ5重奏ということで、私以外に4名が関わる編成です。
今回のコンセプトで行うことになったきっかけは、ある知り合いとの会話でした。「死ぬまでに聞くべき名曲を”生”で聞きたい」というお話をされていて、その方がとてもオタク路線を行く方だったんです(笑)。

「本当は生で聞いてみたい音楽がいっぱいあるけど、あまり演奏される機会もなくて…。でもこの曲は死ぬまでに生で聞いておきたい」という会話から、スポンサーになっていただけることになりました。

それなら、ずっと一緒にやりたいと思っていたメンバーでやろうと踏み切ることにしました。

最後のロマン派 〜知られざる室内楽の世界〜

日時:2025年9月10日(水) 19:00開演

場所:すみだトリフォニーホール 小ホール(東京都)

詳細:https://www.concertsquare.jp/blog/2025/202506185736264.html


本演奏会では、エルガーの優美なピアノ五重奏曲イ短調op.84と、フィンジの室内楽作品(ロマンスop.11弦楽四重奏版、Come Away, come away, Death、インターリュードop.21など)を一度に楽しめます。ヴァイオリンの松本裕香、田代裕貴、ヴィオラの木下雄介、チェロの夏秋裕一、ピアノの重野友歌という英国に縁ある実力派5名が織り成す繊細なアンサンブルは、近年演奏機会が少ない英国最後のロマン派を深く味わわせてくれます。

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——エルガーとフィンジ、なかなか聞き馴染みのない作曲家の作品が並んでいますが、選曲について詳しく教えてください。

松本だいぶオタクな選曲だと思います(笑)。エルガーのピアノ5重奏を1番メインにして、あとはフィンジという作曲家の作品を演奏します。そもそも作曲家の名前にピンと来る方が少ないと思いますが、イギリスの作曲家で歌曲を多く手がけています。

和声的にも美しい曲が多く、日本人受けするんじゃないかなと思ってはいるものの、まだなかなか知られていない知る人ぞ知る作曲家です。

今回は、素敵な曲を良いメンバーでお届けしたいということで、オリジナル版とは異なる楽器編成で演奏するものもあります。

——選曲だけでなく、メンバー選出にもこだわりのポイントはございますか。

松本メンバーの多くは、私がイギリスに留学していた時にご縁があった方々で、「一緒にやったら良いものができる」と思える面々が集まりました。

イギリスの作曲家にフォーカスしたプログラムということで、せっかくならイギリスにゆかりのあるメンバーでやりたいという想いでメンバー選出も行ったコンサートです。皆さん​​室内楽愛に溢れた素晴らしい方々で、我ながらとても良いメンバーを集められたと思っています。

100万人のクラシックライブでピアノの若林里紗さんと

——松本さんのもう一つの大きな活動として、鎌倉を拠点とした「キホユカプロジェクト」がありますよね。こちらは先ほどのニッチな路線とは真逆で、子どもたちに広く音楽を届ける活動となっていますが、プロジェクトが立ち上がった背景をお聞かせください。

松本実は10年ほど前から、ずっと音楽会へのハードルを下げたい、垣根を低くしたいとずっと感じていました。劇場やホールなどの音楽会に足を運ぶきっかけは、子どもの頃に親御さんや周りの大人が音楽に触れていた、というケースが多いのではないかと思ったのです。

そんなことを考えていた時に、榊原紀保子さんから、熱くプレゼンされました。「裕香さんとなら一緒に何かができそうな気がするんだけどどう?」と。

紀保子さんも、私が10年近く思っていたことと似たような想いを感じていらっしゃることがわかりました。そこで始めたのが「キホユカプロジェクト」です。「紀保子」と「裕香」の名前を合わせたプロジェクト名になっています。

紀保子さんと私の出身地である鎌倉に限定して、まずは年間4回のコンサートを開催することを決めました。

キホユカプロジェクト みんなの音楽会 チェリスト村上曜さんと素敵な音楽の時間

日時:2025年9月15日(月) 13:30開演

場所:結・YUIコミュニティホール(逗子市山の根1-3-13)

予約:https://t.co/i8rCLwfTNJ


ブリッジ:
ピアノ三重奏のための9曲の小品より
第1集&第3集

ブリッジ:
幻想的三重奏曲 八短調
(ピアノ三重奏曲 第1番)

ドビュッシー:
ピアノ三重奏曲 ト長調

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——キホユカプロジェクトは、お子さんたちでも足を運びやすいように、高校生以下は無料とされていますが、他にも運営面で工夫されていることはありますか。

松本持続可能な運営システムを構築することに最も力を入れています。ボランティア精神だけで全部できるほどの経済的余裕もありませんし、練習や準備に対する対価は発生するべきだと考えているからです。

そこで紀保子さんと相談し、高校生以下は無料、大人のチケット代を4000円に設定しました。少し割高に感じられるかもしれませんが、そこから定期的に定額を積み立てることで資金を蓄えています。そうすることで、ゲストをお呼びした時に少額でもギャラをお支払いできるようになっています。

活動内容も多様で、本格的なコンサートを行うこともあれば、『セロ弾きのゴーシュ』の朗読にチェリストが演奏をつけた共演や、絵本を大きな絵で表現しながら朗読するといった企画も初年度に実施しました。

こうして工夫を凝らしているので、純粋にお子さんが反応して楽しんでくれる瞬間がとても嬉しいですね。また、親御さんからは「子ども向けのコンサートが増えたとはいえ、生活圏内にあるとは思わなかったから嬉しい」といった声をいただいています。

キホユカプロジェクトで学童にお邪魔した際

——キホユカプロジェクトの今後の展望について教えてください。

松本正直、今はとにかく継続するだけで精一杯という感じです(笑)。

初年度は年に4回やっていましたが、さすがに3ヶ月に1回のスパンは厳しいということになりました。お互いに他のお仕事も抱えている中でも続けられるよう、負荷のない頻度で、地道にやっていけるよう少し調整しています。

ただ、たまにご依頼をいただいて、鎌倉市の学童に赴いてコンサートを行うということも、最近は頑張っています。

五重奏のリハで7月に全員集合した時の1枚

——松本さんは他にも、今回のインタビューではお聞きしきれないくらい様々な取り組みをされていますよね。音楽に対してどのような想いや哲学を持って、活動していらっしゃいますか。

松本哲学というほど大それたものはありませんが、自分自身にとって「音楽はユートピア」みたいな存在だと認識しています。ヴァイオリンを弾いている時が唯一自由になれる時間という風に感じていて、だからこそ音楽が好きなのかなと思っています。

また一方で、「音楽は道具」だとも考えています。自分がヴァイオリンを弾くのを辞めたとしても、音楽というものを介して、人と何か関係性を築けたらいいなと。

——今のお考えに至った原体験のようなものはありますか。

松本最も衝撃的だったのは、イスラエルのハイファ出身のヴァイオリニスト イヴリー・ギトリスとの出会いです。この出会いには不思議なご縁がありました。

実は小さい頃から、ロバート・T・アレン作の『ヴァイオリン』という絵本のCDをずっと聞いて育っていました。お話の内容は、2人の少年がヴァイオリンを見つけるところから始まります。

そのヴァイオリンは音が出ないので、2人はゴミ箱に捨ててしまいます。それを公園でおじいさんが拾って美しい音楽を奏でたことで、子どもたちとおじいさんとの交流が始まるというものです。朗読と音楽が一緒に聞けるCDがあって、お話も音楽も大好きでした。

後年、ひょんなことで、とあるヴァイリニストにお会いすることになりました。母から「その人ってあの物語のCDでヴァイオリンを弾いていた人じゃない?」と言われたんです。それがまさにギトリスでした。

「魔法使いのような人」だとは噂に聞いていましたが、ものすごく癖の強い方でした。しかし、ギトリスの音楽の作り方や生き様を、短い期間とはいえ間近で観察できたのは、すごく大きな経験になりました。

イヴリー・ギトリス

——他にもまだまだお話伺いたいのですが、最後に、読者の方にメッセージをお願いします。

松本楽しく気軽に音楽を聞いていただけたら幸いです。音楽という箱の中で、いろんな経験をしてもらえたら良いと思っています。

——本日は貴重なお話をありがとうございました!

エルガーの室内楽というニッチな世界から、鎌倉の子どもたちへの音楽体験まで、松本裕香さんの活動は、音楽の持つ無限の可能性を私たちに教えてくれます。それは単なる芸術表現を超えて、人と人をつなぐ「道具」として、そして誰もが自由になれる「ユートピア」として機能しているのではないでしょうか。

9月10日の公演では、イギリス留学時代の縁で結ばれたメンバーたちが、どのような化学反応を見せてくれるのでしょうか。ぜひ、足を運んでみてください。

(インタビュー・構成/松永華佳)

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松本裕香

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コンサートスクウェア事務局

中の人は、アマチュアオーケストラで打楽器をやっています