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2024/10/21
山本絵理さんは、現在ロンドンを拠点に活躍するピアニスト。高校時代に1年間過ごしたブダペストでクラシック音楽の魅力に接し、音楽の道を志すようになった。 ヨーロッパと日本との音楽文化の違いや、ブダペストやロンドンでの学びについて、そしてリストの魅力について伺った。
——山本さんは日本の高校を卒業後、ハンガリーのリスト国立音楽院へ留学されたそうですね。留学のきっかけを教えてください。
山本高校生のときにロータリークラブ交換留学生として1年間ブダペストへ留学しました。音楽留学ではなく現地の普通科の高校に通うプログラムだったのですが、日本でピアノを習っていたこともあり「せっかくヨーロッパに来たのだからレッスンを受けてみよう」という軽い気持ちで現地の先生をご紹介していただきました。その先生がリスト音楽院の教授で、「ぜひリスト音楽院へいらっしゃい」と背中を押していただいたことがきっかけでした。
——留学を見据えてレッスンを始められたのでしょうか?
山本いいえ、当時はそんなつもりはありませんでした。ピアノを習っていたといっても、楽譜もあまり読めませんでしたし、当時弾いていたのはバッハの「2声インヴェンション」でしたし、ショパンの一番易しいノクターンOp9-2がやっと弾けるぐらいでした。
——留学を決意するのにどのような大きなきっかけがあったのですか?
山本杉並児童合唱団に入っていたり、両親が音楽好きでコンサートに連れて行ってくれたりと、私にとってクラシック音楽は身近な存在でしたが、日本だと限られた人たちの趣味という感じがしていました。 しかし、ヨーロッパはクラシック音楽が文化や宗教と密接につながっていることもあって、日常に近い存在です。そうしたことを肌で感じる機会がブダペストで何度もあり、ヨーロッパで音楽を学びたいと強く感じるようになり、留学を決意しました。日本へ帰国したあと、半年間準備をしながら高校を卒業しブダペストへ渡り、現地でまた半年間準備をしてリスト音楽院に入学しました。
——日本とヨーロッパとではどういったところに音楽文化の違いを強く感じますか?
山本先ほど、クラシック音楽が日常の近くに存在しているとお話ししましたが、ブダペストでも大都会のロンドンでも、コンサートホールではもちろんのこと、地域の教会や少し郊外でも毎週コンサートが開催されています。無料のものや、イギリスでも5ポンド(約1000円)や10ポンドほどから聴けるので、身近に手軽にクラシックを楽しむことができます。 また、プロだけでなく、アマチュアの音楽家も多く存在し、公立私立問わず、音楽奨学金制度を取り入れている普通学校が多く存在しています。そういったところからもクラシック音楽の身近さを感じました。
——リスト音楽院で学ばれて一番印象的だったことはなんでしたか?
山本ブダペストのリスト音楽院はリストが創立した学校で、教授は代々リスト直系の弟子たちが務めるという伝統を守り続けています。なおかつハンガリー人しか教授になれないので排他的ともいえるかもしれませんが、音楽的にも楽曲のもつ背景知識などについても高い専門性をもった先生方に教えていただけることです。 また、クラシック音楽を捉える上で、言語が大切であることも学びました。ハンガリーの作曲家バルトークは東欧の民謡を採集して自身の作曲にも活かしました。民謡は口伝えの楽譜がまったくない音楽で、言葉の影響を強く受けています。ハンガリー語はアクセントが最初に来るのが特徴的な言語で、彼の音楽にはその影響がはっきりと見て取れます。ですから私のハンガリーの先生は、ハンガリーで音楽を学ぶうえで、ハンガリー語は絶対に話せるようにならなければいけないとおっしゃっていました。 そうした音楽と言語の結びつきは、他の国の作曲家でも同様だと思います。作曲家の使っていた言語を知ることは、作品理解において重要なことだと学びました。
——卒業後はロンドンに拠点を移されたそうですね。
山本リスト音楽院の教授から、世界の中心といわれるところへ行って自分を試してきなさいと言われたことがきっかけです。 ロンドンでは、英国ロイヤルアカデミーのプロフェッショナルディプロマ科へ進み、演奏家として自分をどうマネジメントするかを学びました。そのなかで、イギリスは音楽活動をビジネスとしてどう成り立たせていくかということを重視する国という印象を受けました。 また、ハンガリーと違って、外国人に対してもチャンスが広く開かれていて、外国人であることが個性の一つになり得るという違いがあります。その一方で、自分の芯がどこにあるか、お客さまに何を伝えたいのかといった強い意志を持っていないと、迷いが出てきてしまうような場所ではありますね。
——今年11月には京都、、来年4月には東京、岐阜でリサイタルの予定がありますね。京都のプログラムはオール・リストです。
山本絵理 ピアノリサイタル - LISZT - (公財)青山音楽財団助成公演
日時:2024年11月30日(土) 14:00開演
場所:京都・青山音楽記念館(バロックザール)
詳細 : https://www.concertsquare.jp/blog/2024/2024091045.html
山本リストはピアノという楽器を最大限に活かして、ありとあらゆることをピアノで表現できる作曲家だと思っています。今回演奏する、ヴェルディやワーグナーのオペラ編曲作品は歌手やオーケストラを、シューベルトやシューマンのリート作品の編曲は、詩、歌、ピアノパートをピアノ1台で表現しようとしています。そんな壮大さを皆さんと共有したいと思い、オール・リストプログラムを計画しました。 シューマンの《献呈》、シューベルトの《糸を紡ぐグレートヒェン》と、ヴェルディの《『リゴレット』による演奏会用パラフレーズ》、ワーグナーの《『トリスタンとイゾルデ』より〈イゾルデの愛の死〉》、サン=サーンスの《死の舞踏》、それから巡礼の年「イタリア」の中から4曲などをお届けする予定です。 『リゴレット』は4人の登場人物たちがそれぞれ異なる心境を歌う四重唱を、描きわけた素晴らしい曲です。「イゾルデの愛の死」は、イゾルデが愛とは何か、死とは何かを語るシーン。彼女の思いとそれを包み込む壮大なオーケストラをピアノで映し出しています。 《死の舞踏》については、実は今お話しした2曲と関連性を持たせています。『リゴレット』はヒロインの死の前を、『トリスタンとイゾルデ』では死の深さ、苦しさ、美しさを、そして《死の舞踏》で死の世界を伝えたいと考えています。3曲は本来まったく異なるストーリーですし、作曲家もバラバラで私の勝手なストーリー仕立てですが、「死」の繋がりを三者三様の雰囲気を味わっていただけたらうれしいです。
——リストの多様な魅力が感じられるプログラムですが、リストの魅力はどんなところにあるとお考えですか?
山本リストは超絶技巧の作曲家だと認識されていると思いますが、それだけがリストの魅力ではないということを、このリサイタルを通じてお伝えしたいと思っています。 リスト音楽院の教授たちがいつも言っていたのは「リストは超絶技巧者ではなく、彼の音楽を表現するために高度なテクニックを必要としているだけで、本来は、哲学や神秘性といったことをピアノで伝えようとした作曲家である」ということでした。リストの伝えたかったストーリーを物語ることができたらといつも考えて弾いています。 例えば11月のリサイタルで弾く《ダンテを読んで》は地獄の混沌とした様子や、人間がそれに陥ったり、いかにして立ち向かっていくかを表現していたり、また、たとえ天国と地獄というこの曲のテーマを知らなくても、誰しもが驚くであろう天国を描く美しいハーモニーが存在しています。そういったところに、哲学的で神秘的なリストが表れているのです。
——今後はどのようなピアニストを目指したいとお考えですか?
山本大げさかもしれませんが、音楽は全世界共通語であるということを信じているので、人種や国籍を問わず、より多くの方と音楽を通じて出会えたらと思っています。 また、現在、子どもたちにレッスンやマスタークラスを行っていて、クラシック音楽は遠い存在ではなく、自分でも楽しめるものということを子どもたちに伝えていきたいです。
——ピアニストとしては遅いスタートなので、相当な努力をされたかと思います。小さなころはどんなお子さんでしたか? また何がご自身のバイタリティとなっていますか?
山本興味のあることは両親がいろいろと経験させてくれましたが、それと同時にやりきることの大切さも教わりました。自分で決めたことはとことんやってみなさい、ただし責任をもちなさいという父と母の教えを、今も大切にしています。 また、私は機会に恵まれて音楽の世界に飛び込むことができたので、音楽と出会えたことに感謝をしているし、皆さんとのご縁に感謝しています。音楽からいただいたことを多くの方に伝え、色々な 多くの方が音楽の扉を開くきっかけを作れるようなピアニストになれたらと思っています。 (取材・構成/東ゆか)
ピアニスト
中の人は、アマチュアオーケストラで打楽器をやっています