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音楽家の道に“音大”は必須じゃない──水越海翔の音楽と社会をつなぐ挑戦

2025/05/29

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クラシック音楽を志すなら、音大に進むのが“正解”なのか?

そんな固定観念を覆すように、水越海翔さんは経営学を学びながらピアニストとしての道を切り拓いてきました。ロンドンの大学で培った国際的な視点と、多彩な分野への興味関心を背景に、音楽と映像を融合させたコンサートを企画・実施。学生への講演活動や福祉施設での演奏、さらには日本文化の発信まで、その活動は「音楽家」の枠を超えて世界に広がっています。

クラシック音楽を「難しいもの」と感じる人にこそ、その魅力を伝えたい。
そして、音楽を仕事にしなくても“続ける道はある”ことを知ってほしい──。

演奏家であり、戦略コンサルタントとしてビジネスにも関わる水越海翔さんは、自らの経験を通して、音楽の新しい関わり方を模索し続けています。

音楽を学ぶすべての人、そしてクラシックの未来に関心を持つ人へ、水越さんが見つめる「音楽と社会のあたらしい接点」を紹介します。

©︎British Council(PR2205)

水越海翔(Kaito Mizukoshi)
愛知県豊橋市出身。University College London(UCL)経営科学修士課程を修了。経営学を学びながらクラシックピアニストとしても活動を続け、音楽と映像を融合させた没入型コンサートを国内外で展開。学生音楽財団の設立や教育現場での演奏活動を通じ、社会的な文脈での音楽の可能性を広げている。現在は野村総合研究所に勤務しながら、演奏家としても活動を継続中。

——まず、水越さんが音楽大学ではなく、ロンドンのUCL(University College London)で経営学を学ばれた理由について教えてください。

水越ピアノは3歳から続けていて、高校生の頃には本気で音楽の道も考えていました。ただ同時に、現実的な視点で「音楽一本で生きていくのは簡単ではない」とも感じていたんです。だからこそ、音大に進むべきか、それとも別の進路を選ぶべきか、すごく悩みました。

僕は勉強も好きだったので、「勉強を主軸にしながら音楽を続ける」という道が現実的なのではと考えたんです。音楽だけに絞ってしまうと、うまくいかなかったときに他の道がなくなってしまう。でも、別の分野を学びながらでも音楽は続けられる。だったら、自分の可能性を広げられる選択をしようと思い、UCLで経営学を学ぶ道を選びました。

経営学に決めたのは、応用の幅が広くて、将来的に音楽や芸術と掛け合わせる可能性があると感じたからです。例えば、自分で企画を立てたり、音楽を使ったプロジェクトを運営したりする時に、学んだことが活きてくるのではないかと考えました。実際、今の活動の中でも、経営学的な視点に助けられている場面は多いです。

音楽を仕事にするかしないかにかかわらず、「音楽を続けていく」道はひとつじゃない。そんな考え方を持てたのは、この選択のおかげだと思っています。

——現在のお仕事をされながらの音楽活動は、多忙を極める日々かと思います。学業や仕事と音楽の両立はどのようにして実現されてきたのでしょうか。

水越確かに大変ではあるんですが、「やる」と決めたことなので、やるしかないという感じですね(笑)。僕にとってピアノは、たとえ副業のような位置づけになったとしても、生活の中でなくてはならない存在なんです。ですから、時間がないからやらない、ではなく、「どうやったら続けられるか」を常に考えています。

具体的には、タイムマネジメントがすべての鍵になっていて、前日には必ず翌日の予定を細かく立てます。仕事の時間、食事、睡眠、練習時間の配分、それぞれを具体的にスケジューリングして、無理のない形に整えていくんです。

それに加えて、週単位・月単位・年単位でも予定を組みます。特にコンサートがある月は、どこにどれだけ練習時間を確保できるか、逆算して調整します。音楽も仕事も両方全力でやるには、先回りして動かないと成立しないので、常に全体を見ながら動いています。

——タイムマネジメントはもちろんですが、気持ちの切り替えも難しそうですね。メンタル面はどのように管理されているんですか。

水越そこはもう、音楽が“好き”だから続けられている部分が大きいですね。もちろん、体力的にきついときもありますし、仕事でストレスを感じることもあります。しかし、ピアノに向かっている時間は自分がとても好きな時間なので、精神的なバランスを保つ意味でも、音楽はすごく大きな存在です。

両立をしているというよりは、音楽があるから他のことも頑張れる、という感覚かもしれません。

©︎British Council

——一見難しそうに見えますが、「好きなもののために逆算して時間を作る」と考えると、これを読んでくださる読者の皆さんも実施できそうですね。水越さんは、音楽と映像を組み合わせた“没入型”のコンサートにも取り組まれていますが、こうした独創的なスタイルに挑戦しようと思われたきっかけは何だったのでしょうか?

水越ロンドンに住んでいた頃、美術館によく足を運んでいたんですが、そこでチームラボのようなプロジェクションマッピングを使った展示に触れる機会があったんです。視覚的な演出によって、芸術がより直感的に「感じられる」ものになっているのを見て、これは音楽にも応用できるのではと思いました。

ちょうどその頃、コンサートにあまり興味のない人たちと話す中で、「クラシックは難しそう」「長くて退屈」といった声を聞くことが増えていたんですよね。確かに、知らない曲を長時間聴くというのはハードルが高いかもしれません。だったら、視覚的な手がかりを加えて、曲の雰囲気やストーリーを伝えやすくできたら面白いんじゃないかと。

そう思っていたときに、ドイツと日本の両方で活躍しているピアニストのアリス=紗良・オットさんが、まさに映像を使ったコンサートをされていて、そのプレミア公演ををロンドンで観て「これだ」と思ったんです。

静岡県の高校における演奏会

——その後、実際にご自身で取り組まれてみて、どのような手応えがありましたか?

水越最初はすごくシンプルな形から始めたのですが、やってみて一番感じたのは、若い世代の反応の良さですね。映像があることで曲の世界観が直感的に伝わり、「クラシックを聴いている」というより「体験している」という感覚を持ってもらえているように思います。

例えば、ドビュッシーの「月の光」なら、水面に浮かぶ船の映像を流すことで、月の光と静けさや冷たさが視覚的にも伝わる。曲の意味や背景を知らなくても、なんとなく曲が描いている景色がわかるんですよね。

SNSに投稿してくれる方も多くて、クラシックにあまり関心がなかった人にも届いている実感があります。クラシック音楽の間口を広げるためにも、こういう表現の可能性は今後もっとあると思っています。

Gregorian Tanto「光と影」ロンドン公演

——こういった型にはまらない考え方は、水越さんの個性であり強みでもありますね。水越さんは、学校や福祉施設などでの演奏活動にも力を入れておられますが、こうした社会に向けた取り組みを始めたきっかけを教えてください。

水越最初のきっかけは、UCL時代に立ち上げた学生音楽団体「UCLef」の活動でした。演奏技術の高い学生を集めて、高齢者施設や孤児院などを回るボランティア演奏をしていたんです。当時、ロンドンで社会的に孤立しやすい立場にある方々と接する機会があり、音楽が人の心に与える力をすごく実感したのを覚えています。

日本でも、帰国のタイミングに合わせて中学・高校での講演会とセットでコンサートを実施するようになりました。学生はなかなか自分からクラシックのコンサートに足を運ぶことが少ないですし、そもそも選択肢として思い浮かばないこともあると思うんです。だからこそ、学校の中で出会ってもらえる機会をつくりたいと考えています。

——実際に学校での演奏を通じて、どのような反応を感じられましたか。

水越やはり「映像と音楽の組み合わせが印象に残った」と言ってもらえることが多いですね。また演奏を見ることで「自分も勉強や部活を頑張りたいと思った」など、彼らの人生のモチベーションにも繋がったり、難しい知識がなくても、感じ取れるものがあるというのは音楽の大きな力だと思います。

設備面では体育館でやることも多くて、夏は暑いし、音響的にも決してベストとは言えない環境なんですが…(笑)。それでも「やってよかった」と思える体験がたくさんあります。できる範囲で続けていきたいですし、今後も日本国内でこの活動を広げていけたらと思っています。

静岡県の高校における演奏会

——水越さんの活動には、音楽を通して社会と関わる視点が一貫していますね。過去には、映像制作においても個性的なコラボレーションをされてきたそうですね。

水越はい。僕が最初に取り組んだ映像とのコラボレーションは、UCLの建築学部を卒業した友人のGregorian Tantoとのものでした。建築家ならではの空間設計や美的感覚を映像に反映してくれて、音楽との相乗効果がとても高かったですね。

その後は、AI技術を用いた演出にも挑戦し、そして3度目の映像制作では、イギリス人の自閉症のアーティスト、Danny Tuffsと協働しました。彼はグラフィックデザインを学んでいて、非常に独自の視点で作品を作るんです。見えている世界が僕たちとは違う——その感覚を、あえてプラスに捉えて社会に示したいという思いが彼にはありました。

彼の人生は決して平坦ではなかったと思いますが、それでもアートの力で社会に参加し、自分の居場所を築いていこうとしている。その姿勢に僕自身も大きな刺激を受けましたし、音楽と組み合わせることで、彼の作品がより多くの人の目に触れる機会になったら嬉しいなと思っています。

Gregorian Tanto「光と影」静岡講演
Danny Tuffs グラフィックアートとのコラボレーション 愛知公演

——まさに、音楽が社会に“可能性”を提示する場になっているのですね。

水越音楽には演奏そのものだけじゃなくて、他の表現や人との出会いを媒介する力もあると思っています。SNSやイベントを通じて、今までは届かなかった人に届くようになってきた時代ですし、自分が持っているもの——たとえそれがハンディキャップと呼ばれるような特性でも、それを表現の強みに変えていける社会になってほしい。

Dannyとのコラボを通じて、僕自身も「音楽の場には、まだまだたくさんの可能性がある」と実感しました。

——水越さんは非常に活動の幅が広く、今後のご活躍もとても楽しみなのですが、将来的に水越さんはどのように音楽活動を展開していきたいと考えていらっしゃいますか。

水越これまでも「どうしたら音楽がもっと広がるか」をテーマに活動してきましたが、今はそこに「日本文化の発信」という軸も加わってきています。

例えば、今年の秋にはロンドンで日本酒と音楽を組み合わせたイベントを企画しています。坂本龍一さんや武満徹さん、ドビュッシーのように“ジャポニズム”の影響を受けた西洋音楽と、日本酒の風味やストーリーを組み合わせて、「五感で味わう文化体験」を届けたいと考えています。

コンサートの合間には、日本酒にまつわる解説やプレゼンも挟んで、その土地の文化や背景も紹介する予定です。音楽を通して、日本の美意識や季節感、精神性のようなものが海外にも伝わればいいなと思っています。

「夢」AIインスタレーション 東京初公演

——まさに、音楽と社会、そして文化をつなぐ試みですね。

水越そうですね。個人的には「音楽だけで食べていく」という形にはこだわっていません。それよりも、自分にできるかたちで、音楽をどう社会に活かしていくか、どう人と人をつなげていくかを考えるほうが、自分らしいなと思っています。

今の時代、クラシック音楽の聴き方も変わってきていますし、コンサートホールに行かなくてもストリーミングで気軽に音楽が楽しめる時代です。でもだからこそ、対面での演奏会には、音楽以上の“体験”が求められているように感じるんです。

建築、映像、香り、言葉——そういった他分野との掛け合わせの中で、クラシック音楽がもう一度“感じられるもの”として届くような場を、これからもつくっていけたらと思っています。

——本日は貴重なお話をありがとうございました!

「音楽をどう続けていくか」「どう社会とつなげていくか」

水越海翔さんの歩みは、キャリアの選択や表現のかたちに悩む人たちにとって、新しい可能性の扉を開くものでした。

音楽大学に進まなくても、演奏家になれる。
演奏の場はコンサートホールに限らない。
クラシックは、“難しいもの”ではなく、誰もが感じ取れる体験になり得る——。

経営学とピアノ、建築や映像、日本文化や福祉現場までを横断しながら、水越さんは音楽の「形式」ではなく、「本質」に寄り添う活動を重ねてきました。

どんなかたちであれ、音楽を続けたい。
誰かに届けたい。
そんな想いを抱くすべての人にとって、水越さんの挑戦は、ひとつのヒントとなるのではないでしょうか。

(インタビュー・構成/松永華佳)

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中の人は、アマチュアオーケストラで打楽器をやっています